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福岡高等裁判所 昭和56年(ネ)313号 判決 1982年5月31日

控訴人

株式会社辰村組

右代表者

中側尚英

右訴訟代理人

松村昭一

被控訴人

株式会社福岡銀行

右代表者

山下敏明

右訴訟代理人

立石六男

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張及び証拠関係<省略>

理由

一被控訴人は、本訴において、不法行為に基づく損害賠償と債務不履行に基づく損害賠償の両請求を選択的に併合して訴えを提起しているところ、右不法行為に基づく損害賠償請求は原審で棄却されたが、これに対し、被控訴人は控訴又は附帯控訴の方法で不服申立をしていない(このことは本件記録上明らかである。)から、当審では、控訴人から控訴の申立がなされた前記債務不履行に基づく損害賠償請求についてのみ判断する。

二1  <証拠>によれば、被控訴人が請求原因2(一)(4)で主張するとおり、被控訴人から梶原建設に対する貸付けがなされたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はなく、また、控訴人、被控訴人、梶原建設間に、昭和五四年三月二六日、控訴人の梶原建設に対する下請工事代金の支払については、被控訴銀行添田支店における梶原建設の預金口座に振込む方法による旨の合意(本件振込指定の合意)が成立したことは当事者間に争いがない。

2  ところで、<証拠>によれば、振込指定の方法による融資は、明文上の根拠はないが、主として銀行がその預金取引先に対して工事の請負資金とか物品の納入資金を貸付ける際に、当該貸出先が発注者や買主など第三者に対して有している請負代金債権や売買代金債権につき、質権あるいは譲渡担保等の正式の担保権を設定するのに支障がある場合に、これらの担保権設定に代えて、第三者債務者が銀行の預金取引先に対して有する代金債務の支払方法を、融資銀行における預金取引先の特定の預金口座への振込に限定して、その振込金を引当てに貸付金の回収を図るため、すなわち、代金引当ての方法による事実上の担保権を設定する方策として銀行・預金取引先間の与信取引の実務上発展してきた制度であることが認められる。

そこで、かかる振込指定がなされた場合に、第三債務者が、指定された預金口座に振込むべき契約上の債務を負担するか否か本件主要の争点について以下検討する。

さきにも説示したとおり、銀行とその預金取引先との間の与信取引において、振込指定が銀行の債権担保目的に利用されるようになつたとしても、振込それじたいは、本来、振込人(送金人)が内国為替制度を利用して受取人の銀行当座口に入金する送金方法にすぎないから、右振込指定が銀行の債権担保目的に利用されることがあるとしても、それは、振込人にとつては銀行とその預金取引先である受取人の都合(与信取引)に基づく特別の法律関係にほかならない。したがつて、銀行が、振込人に対し、右のような特別の法律関係(振込指定の債権担保目的利用)を主張して第三債務者としての契約上の責任を追及しうるためには、振込人を含む振込指定の合意の成立のみではいまだ不充分であり、前記のような特別の法律関係(振込指定の債権担保目的利用)が振込指定の合意内容として明示され、振込人においてこれを承認するなど一定の要件の存在を必要とすると解するのを相当とするところ、右振込指定が銀行の債権担保目的に利用される場合の銀行・振込人(第三債務者)の利害得失を慎重に衡量すれば、右にいう一定の要件としては振込指定合意において、(一)銀行・預金取引先間には債権関係が存在し、その債権を担保しあるいはその弁済に充当するために振込指定の方法が採られること、(二)振込人(第三債務者)としては、指定された振込の方法によらないで直接取引先に支払つてはならないこと、(三)振込指定の方法の変更は取引先単独ではなし得ず、取引の承諾を要すること、少くとも以上の三要件が振込人(第三債務者)に対してそれぞれ明示され、合意の内容とされなければならず、以上の要件が充足されることにより、振込指定の合意の効果として、振込人は第三債務者として銀行に対し右合意の内容に従つた振込をなすべき契約上の債務を負担し、したがつて、振込人(第三債務者)がこの義務に違反した場合には、債務不履行に基づく損害賠償義務を負担するものというべきである。

3  しかして、被控訴人は、本件振込指定の合意の成立により、控訴人は被控訴人に対して直接下請工事代金を指定口座に振込むべき契約上の債務を負担したと主張するので、進んで、本件振込指定の合意が、前記各要件を充足するものであるか否かについて検討する。

<証拠>によれば、被控訴人は、本件貸付前にも、昭和五三年一一月ころ、梶原建設に対し、本件と同一の下請工事代金のうち当時の出来高代金二五九五万円を弁済の引当として金二〇〇〇万円を貸付け、その際右出来高代金につき控訴人・被控訴人・梶原建設の三者間で本件同様の振込指定の合意がなされたこと、梶原建設は右借受金を完済した後、昭和五四年三月、被控訴人に対し再度の融資を申込み、被控訴人は、右当時の出来高代金を金五九二四万円とみて、これにつき前同様の本件振込指定の同意をなした上で、本件貸付を行つたこと、右第一回目の振込指定の合意の際にも、本件振込指定の合意の際にも同一の書式である「工事請負代金の金融機関取引口座振込依頼承諾願」と題する書面が被控訴人及び梶原建設の連名で作成され、これに控訴人が「承諾する。」旨の奥書をなしているところ、右「承諾願」には前記三要件のうち(三)の要件に該当する「尚、上記払込勘定は株式会社福岡銀行添田支店と私と双方同意の上でなければ変更しないことを特約していますから御承知下さい。」の文言が記載されているだけで、その余の二要件に関する文言は何ら記載されていないこと、右各振込指定の合意がなされた際の直接の交渉担当者であつた被控訴銀行添田支店長野内秀典、梶原建設の従業員宮崎健のいずれもが、右各合意に至る交渉及び合意成立の際、右二要件につき、控訴人に対してこれを説明してその同意を求めたり、あるいはこれが合意の内容とされていることを明示しなかつたこと、内国為替制度を利用する送金方法としての口座振込は現金又は直ちに資金化し得る一定範囲の証券類に限定され、特に他の金融機関を通じて行われる(すなわち他行為替による)振込の場合は、証券類による振込は一切認められず、したがつて送金人振出の約束手形による振込という概念は為替制度の事務手続上も許容する余地がなく、そのため債権担保を目的として振込指定をする銀行としては、代金の支払が現金払であるか手形払であるかは担保価値の判定資料として重大な関心事であること、しかるに、本件においては、控訴人の梶原建設に対する下請工事代金の支払方法は、毎月の出来高払で、毎月一五日締切、翌月一五日払いでもつて出来高の八〇パーセントを、現金四〇パーセント、手形六〇パーセントの割合で支払うこととされていたのに、被控訴人はこの点に関する調査を全くせず、むしろ第一回目の振込指定の合意後控訴人から梶原建設に対し下請工事出来高代金の一部が直接手形によつて支払われたことを知悉しながら、なおその点に留意することなく、被控訴人において当時の出来高代金額と把握した金額(金五九二四万円)のほぼ満額に近い貸付金(金五六〇〇万円)担保のために本件振込指定の合意をなし(他に特段の担保はない。)、さらに本件振込指定の合意後下請工事出来高代金の一部として、昭和五四年四月一六日控訴人から梶原建設に対し直接額面金七七〇万円の手形が支払われ、被控訴人は爾後直ちにこれを知つたのに、単に梶原建設から同手形を被控訴人宛提出させただけで、控訴人に対して特段の注意なり、直接の差止めを求めることを全くしていないこと、がそれぞれ認められ<る。>

4  以上によれば、本件振込指定の合意においては、前記(三)の要件はともかく、(一)及び(二)の各要件が充足されていないことが明らかであるのみならず、更に前項認定の事実をあわせ考えると、本件振込指定の合意は、控訴人に対する関係においては控訴人と梶原建設間の単なる債務の履行方法についての指示に止まり、これにより控訴人は被控訴人に対して合意の内容に従つた振込をなすべき契約上の債務まで負担していたとは認められない。

したがつて、被控訴人の債務不履行に基づく請求は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。

三よつて、被控訴人の本件債務不履行に基づく損害賠償請求も理由がないのでこれを棄却すべきであるところ、これを一部認容した原判決は不当であり本件控訴は理由があるから、原判決中控訴人敗訴部分を取消して、被控訴人の右請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(松村利智 金澤英一 吉村俊一)

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